最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)280号 判決 1963年12月19日
上告人 山田光男 外四名
被控訴人 国
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人武並覚郎、同柴田勇助の上告理由第一点について。
上告人らの先代山田瀬兵衛は、昭和二一年二月頃大阪造兵廠白浜出張所長湯浅太郎と共謀して、同人の保管する国有の鋼材を払下げ名義の下に搬出横領したために起訴され、有罪の確定判決を受けた。右鋼材、ついでその換価金は、右刑事事件の証拠品として大阪地方検察庁に領置され、被害者である国庫に収納された。従つて、山田瀬兵衛は適法に払下げを受けたものでないから、鋼材の所有権を取得できるものでなく、鋼材は押収の前後を通じて国の所有に属していたものであり、山田瀬兵衛はその換価金についてなんらの権利も取得しなかつた。以上のことを認定判断した原判決は、挙示の証拠によつて是認できる。
所論の違憲の主張は、右の喚価金が山田瀬兵衛に帰属し、従つて上告人らに帰属したことを前提とするものであつて、右の認定事実に照してこの前提が成立しないから、所論は前提を欠き、採用することができない。
同第二点について。
上告人らは右の押収物についてなんらの権利も取得しないとする前示認定判断の下においては、かりに押収物の還付手続について所論のような違法があつたとしても、この違法は、原判決の結論に影響を及ぼすものではない。
また、山田瀬兵衛が本件払下代金七五四、三四六円を国庫に納入したのは、結局において横領行為の手段としてなしたのであるから、瀬兵衛は不法原因給付として返還を請求できないものであり、その旨の原判示は、証拠関係に照して相当である。従つて、原判決には所論のような違法がない。所論は原審の専権に属する事実認定を非難するに帰し、採用することができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 横田喜三郎 入江俊郎 下飯坂潤夫)
上告代理人武並覚郎、同柴田勇助の上告理由
第一点原判決は憲法に違背する。
一、原判決は憲法第二九条に違背するものである。
即原判決は被上告人国の司法部たる大阪検察庁が、旧刑事訴訟法第三七二条同新法第三四六条の規定に、背き 刑事事件の証拠品として押収せる物の 換価代金である領置金を、正当なる理由なくして返還請求に応じないから、提訴せる請求訴訟に於て、成文法規を無視したる不当の抗弁を肯定してなしたる請求棄却の判決であるから、明かに財産権を侵害するものにして、正に憲法第二九条に違背するものである。
二、上告人等の前主山田瀬兵衛は、大東亜戦争中大阪陸軍造兵廠白浜製造所に、出入する甲重工業株式会社の社長であつた処、終戦直後地の出入商社と共に軍需残品である、鋼材等の払下げを受けたるものであるが、其際先づ白浜製造所所長元陸軍少将湯浅太郎と、売買契約(乙第二十七号証)をなし指定の代金七十五万四千参百四十六円九十一銭を銀行為替にて支払いたる(甲第九号証)も後日製造所長として払下げ権限が不十分なりとしたものか大阪造兵廠本部の会計課長が改めて此の契約を追認して乙第廿八号証の納入告知書を山田宛に発行し、先に白浜製造所宛払込みたる代金を同所より移送を受け本部台帳に記入したるものである。
而して一面山田は当時数回に亘り払下鋼材九百四十七トン余(但戦時中山田が取替した約五百トンを含む)を搬出なしたのである。
ところが昭和二二年中頃に至り進駐軍に内通せる者ありて遂に米軍より吾が検察当局に対し捜査検挙を追つて来たので、調査せし処皆適法の払下げであることを確認して其旨報告せるも米軍は容易に納得せざる為め、己むなく二十数店の中払下げ鋼材の内一部でも他に売却してゐた者を物色してわずかに数店を発見之を犠牲的に検挙、連合軍最高司令部の一般命令に違反して、商人を通謀して不正な払下げをなしたるもので、之は業務上横領罪であると、大阪地方裁判所に起訴したがそれより先き昭和二二年十二月九日上告人先代の占有する鋼材九百四十七トン余(取替鋼材五百トンを含む)を大阪地方裁判所の令状により証拠品として押収現場保管に移した。後日山田名義を以つてて復興公団に売却し代金百九十八万四千二百三十六円也の小切手を差出さしめ改めて大阪地方検察庁は之を領置せるものである。
三、然して一方大阪地方裁判所は検事起訴の通り払下げの掌に当りたる元白浜製造所長と其の部下一名は上告人の先代山田瀬兵衛は共に業務上横領罪として大阪地方裁判所及同高等裁判所に於て有罪の判決を受け、上告審に於ても棄却、山田瀬兵衛は、中途で上告取下げをなしたる為昭和二五年四月十二日判決確定せり。
然る処右判決には一、二審共押収物については没収とも被害者還付とも何等宣言をせなかつたので旧刑事訴訟法の前記第三七二条の規定により当然押収を解く言渡しがあつたものとされたのである。而して次条第三七三条は、押収したる賍物にして被害者に還付すべき理由が明白なるものは之を被害者に還付する言渡をなすべし、と命じてゐるに、かかはらず、あえて之をなさなかつたのは、所謂被害者たる国は代金の納付告知書を発して納付せしめているのであるから、犯罪の成否は別として、本件の押収物換価代金たる領置金は差出人に還付すべきであるとの趣意であると信ずる。
故に差出人たる上告人からの請求ありたる場合は所属裁判所に対し還付決定の請求をなして速に請求に応ずべきにかかわらず拒絶せるを以て不当であるとして本訴を提起せしに原判決は此の法規を無視する被上告人の主張を正当なるものと肯定し原告たる上告人敗訴の言渡しをなしたるもので之正に理由なき個人の財産権の侵害であつて憲法第二九条に違背するものと謂ふ所以である。
第二点原判決は判決に影響を及す事明かなる法令の違反がある。
一、原判決は大阪高等裁判所が言渡したる押収物を没収とも被害者還付とも宣言をしない判決確定せるにもかかわらず大阪高等検察庁が旧刑事訴訟法第一七四条同第一六七条に則り独断で被害者に還付せりとの主張を正当なりと認定せしは正に、法令の判断を誤つたものである。即旧同法第一七四条は第一項に於て同法第一六七条を準用する旨規定せるも夫れは検事及司法警察官は押収、捜索に関して裁判所に決定をなさしむべく、手続きをなす事を認めたるに過ぎずして自ら決定を為す事を許されたるものではなく物の処分はあくまでも裁判によらなければならぬ事は当然である、現に昭和七年大審院刑事部は(つ)第四二号を以つて押収物に関し還付の言渡しがなかつた場合は検事は所属裁判所に対し決定の請求をなして処分すべきであるとの判例が存するのである。
然るに本件の場合刑事判決は没収も還付の言渡しもなしてゐないのであるから尠くとも被害者に還付すべき明がなる理由がなかつた事の趣意である事は極めて明確である。然るに検察庁が独断でなしたる、誤解を正当なりと、右法令の解釈を誤りてなした判決は到底破棄を免れざるものと信ずる。
二、原判決は上告人等のなしたる予備的請求に対し不法原因の給付であるから不当利得返還請求は失当であると棄却をなしたのであるが、最初白浜製造所々長となしたる払下げ契約は後に至り追認せられて大阪造兵廠本部の会計官吏から改めて正規の代金納付告知書を発行し上告人先代が先きに白浜製造所宛に送付せる金額を其のまま本部に移管しその帳簿に記入したものである、抑々刑事判決が業務上横領罪として処罰せる事自体が誤りて甲第二号証たる判決にも示す如く連合軍の命令に違反した払下げであると、認定しながら背任罪ならともかく横領罪と認定せるは全く肯定しがたく、現に大阪高等裁判所に再審の請求をなし目下係属中である。
原判決は右刑事判決に拘泥して不法行為と断定せる事は明かに法令の適用を誤つたもので破棄を免れざるものと信ずる。